榮松山 正定寺

 念仏禁制下の安政時代、広如上人の命で布教のため薩摩に潜入した安芸・真徳寺の僧 乗海寺釋無涯(尼子了随)は、1857(安政4)年5月に本庄の宗久寺で薩摩の捕吏に取り囲まれ自決し、殉教した。  
 1880(明治13)年、念仏禁制の弾圧の嵐を耐え抜いた門信徒の熱望により、本願寺山田説教所が創立される。1887(明治20)年、無涯三十回忌法要のため宗久寺に滞在していた、無涯の甥である安芸・真徳寺十五世住職 尼子善念の元を訪ねた山田説教所の門信徒の懇願により、1889(明治22)年に真徳寺住職を譲って山田説教所に着任した。その後、1891(明治24)年に大阪摂津にあった正定寺の寺号を移転する形での公称が認められたことにより正定寺が創建され、尼子善念は開基住職となる。
 以後、第二世時義、第三世章甫、第四世章長、第五世玄章へと法灯が引き継がれ、現在に至る。
 現在の本堂は1928(昭和3)年上棟、山門・鐘楼は1956(昭和31)年に上棟され、1988(昭和63)年に本堂・山門・鐘楼の大修復工事が完成した。
 また、2006(平成18)年には、無涯百五十回忌にあたり非暴力の仏教精神によって世界平和を実現しようと願う向坊弘道氏(北九州市出身)の遺言により、念仏禁制下の南九州のかくれ念仏の信者の300年にわたる無抵抗非暴力のシンボルとして、無涯の遺骨をネパール・カトマンズ本願寺の舎利塔に分骨した。(カトマンズ本願寺舎利塔の碑文より)

寺院情報

寺名(ふりがな) 榮松山 正定寺(えいしょうざん しょうじょうじ)
住職(ふりがな) 尼子 玄章(あまこ げんしょう)
住所 都城市山田町山田3887
電話番号 0986-64-2078
ホームページ https://amidanet.sakura.ne.jp/
墓地・納骨堂の有無 永代納骨処有り
駐車場 50台程度
地図